大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和61年(ワ)862号 判決

原告 第一山陽運送株式会社

右代表者代表取締役 吉野瑞

右訴訟代理人弁護士 山田延廣

被告 桜江町

右代表者町長 川﨑孝

右訴訟代理人弁護士 原良男

同 森脇孝

主文

一  被告は原告に対し金二〇一万八五〇〇円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し一三五九万六四〇四円及びこれに対する昭和六一年三月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車が道路から転落し、損害を被ったとして、道路の設置、管理者である被告に対し、国家賠償法二条一項に基づいて損害賠償を求める事件である。

一  争いのない事実

1  次の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六一年三月一日午前七時三〇分頃

(二) 場所 島根県邑智郡桜江町大字小田一番地先町道広谷線(以下「本件町道」という。)上

(三) 事故車 大型特殊貨物自動車(以下「本件自動車」という。)

運転者 西村孝司(運送業を営む原告が雇用していた運転手、以下「西村」という。)

(四) 態様 本件自動車が広谷橋から双葉工業株式会社(以下「双葉工業」という。)桜江工場方面に向かって上り勾配の本件町道を進行中、後退し、ガードレールの設置されていなかった箇所から広谷川護岸に転落した。

2  本件町道は、昭和五〇年一〇月町道に認定され、供用開始された道路であり、被告は、本件町道の設置、管理者である。

3  本件町道は、最急勾配が一三・五パーセントであり、冬期には積雪が多く、凍結する箇所である。

二  争点

1  本件町道の設置又は管理に瑕疵があったか否か。

2  本件町道の瑕疵と本件事故との間の相当因果関係の有無

3  損害額

第三争点に対する判断

一  本件町道の設置又は管理の瑕疵

1  《証拠省略》によれば、次のとおり認められる。

(一) 本件町道は、別紙図面記載のとおり、県道桜江金城線から約三五〇メートル北方の双葉工業桜江工場まで通じている、アスファルト舗装をされた歩車道の区別のない幅員約五メートルの道路である。本件町道は、県道から上り勾配になっており、右県道から約一〇〇メートル入った場所に広谷橋がかかっている。道路は、右橋を過ぎた付近から一三・五パーセントの急勾配の右カーブとなっており、道路左側(西側)下には川が流れ、道路との間は、高さ八メートル前後の切り立ったコンクリート擁壁が築かれており、道路右側は、山地で崖になっている。道路左側(西側)には、広谷橋に続く二〇メートルの区間に長さ一メートル、幅二〇センチメートル、高さ三〇センチメートルのコンクリート製の駒止めが一メートル置きに設置され、その上方一三メートルの区間には、ガードレールが設けられ、これに続く六・五メートルの区間には駒止めが置かれ、そのさらに上方一五メートルと七三メートルの区間にはガードレールが設置されている。

一般住民が本件町道を利用することはなく、通行するのは、双葉工業の関係者(従業員や出入りの運送業者の運転手等)のみで、材料や製品を運搬する大型車の通行が多い。本件町道は、冬期には積雪が多く、本件事故現場付近は日陰になり、凍結する箇所である。

(二) ところで、本件町道は、被告が町内に双葉工業の工場を誘致したのに伴い、桜江町土地開発公社が昭和四七年から四八年にかけて右工場用地造成工事の取付道として開設したものである。開設当時の道路は、幅員約四メートルで、広谷橋を過ぎてからの最急勾配が一七パーセントの急な砂利道であったが、資材の運送に当たっていた自動車がスリップをするなど、操業を始めた工場の輸送業務に支障があったため、双葉工業から工場誘致をした被告に対し改良の要望が出され、また、右道路を町道として管理する必要上、昭和五〇年四月四日、被告と双葉工業との間で同道路を改良することについての契約(以下「本件道路改良契約」という。)が締結された。右契約において、被告が改良舗装工事を責任をもって施工すること、被告は、道路完成後は、双葉工業及び運送業者の運送及び交通事故等についての責任を負わないものとすること(以下「本件免責条項」という。)などが約定された。右取付道については、改良工事後、町道に認定することが予定されていたところ、道路構造令上、許容される最大勾配は、一二パーセントであったが、地形による技術的制約のため、右取付道につき改良工事をしても、勾配を一三・五パーセント以下にすることができなかったので、町道に認定後、道路管理者となる被告が事故についての責任を負わないことを条件に町道に認定をすることが合意され、これを明確にするため、本件免責条項が約定された。

(三) 右契約後、右取付道につき、改良舗装工事がなされ、勾配を緩くし、最急勾配一七パーセントを一三・五パーセントにし、幅員を約五メートルに拡幅し、全線にわたって非密粒土アスファルト舗装がなされた(一般の町道では、密粒土アスファルト舗装がなされているが、本件町道については、スリップ対策のため非密粒土アスファルト舗装がなされた。)。また、道路西側の路側の安全施設として、広谷橋から上方の前記二〇、一三、六・五、一五メートルの各区間には駒止めが以前から設置されていたが、右改良工事に伴い、一部の駒止めを設置し直し、そのさらに上方の前記七三メートルの区間には、ガードレールが新しく設置された。そして、右取付道は、昭和五〇年一〇月町道に認定され、供用開始がなされた。その後、昭和五七年に島根県が砂防工事をした際、広谷橋上方の前記一三メートルの区間の駒止めをガードレールにやり替え、また、被告は、昭和五八年に水害復旧工事をした際、前記一五メートルの区間の駒止めをガードレールにやり替えた。したがって、本件事故当時、ガードレールが設置されないで、駒止めのままになっていたのは、広谷橋に続く前記二〇メートルの区間とその上方の前記六・五メートルの区間のみであった。

(四) 桜江町地域防災計画によると、冬期の除雪、凍結対策として、桜江町内の一般町道については、二〇ないし三〇センチメートル程度から可及的速やかに除雪に努めるものとされていたが、本件町道については、被告と双葉工業との間の本件道路改良契約において、被告は、本件町道の除雪についてできるだけ早く施行するよう配慮努力することが約定されており、被告は、一〇センチメートル前後の積雪でも双葉工業の要請があれば、優先的に除雪を行っていた。また、被告は、本件町道の二箇所(別紙図面の「融雪剤2袋(町)」と表示の位置)に融雪剤を備え置いており、また、双葉工業は、本件町道の一一箇所にドラム缶に砂を入れて置いていた。当日、本件事故前に双葉工業から被告に対し、本件町道について除雪の要請がなされたことはなかった。

2  次に、《証拠省略》によれば、本件事故発生の状況は、次のとおりであったことが認められる。

(一) 西村は、原告の自動車運転手として昭和六〇年八月から休日を除いて毎日のように本件町道を通行して双葉工業桜江工場の材料や製品の運送業務に従事していたが、事故当日の午前三時半頃本件自動車(一一トン車)に材料の鉄板一一トンを積んで廿日市市の原告会社を出発し、同工場に向かった。本件自動車は、後輪(二軸目)駆動であり、フロントタイヤ二本と二軸目のタイヤ四本合計六本は、スパイクタイヤであり、三軸目のタイヤ四本は、普通のタイヤであった。西村は、千代田町内で雪が多かったので、二軸目の外側のタイヤにシングルのチェーンを巻いた。

(二) 西村は、午前七時頃県道桜江金城線から本件町道に入ったが、当時、路上には約一五センチメートルの積雪があり、広谷橋を過ぎて上り坂に進んだところ、橋の北詰めから約一五メートル上方の道路左端に設置してあるカーブミラーを過ぎた付近でスリップし、前進できなくなったので、橋まで後退して下がった。西村は、降車して道路の状況を点検したところ、路上が凍結し、その上に新雪が積もり、スリップし易い状況であったので、二軸目の右側タイヤのシングルチェーンをはずし、同タイヤ二本にダブルチェーンを巻いた。西村は、ローギヤーで時速一〇キロメートル位で右上り坂の中央を進行し、右カーブミラーを過ぎて直線路に差し掛ったところ、二軸目のタイヤが空回りしてスリップしだしたので、フットブレーキを掛けたが、それと同時に後退を始め、ブレーキを踏み続けたが、制動することができず、時速五キロメートル位のゆっくりした速度でずるずる坂を下がり、ハンドルを右に切って自動車を山側によせようとしたが、ハンドルが効かず、スリップを始めた地点から約三〇メートル後退し、橋から上方一九メートルの区間に設置してあった駒止めの一基を破壊して道路左側約八メートル下の護岸に転落した。

3  右1、2認定の事実に基づいて、本件町道に瑕疵があったかどうか検討する。

本件町道の場合、道路構造令上、許容される最大勾配は、一二パーセントであることは前記認定のとおりである。そして、《証拠省略》によると、積雪寒冷地では、坂路でいったん停止し発進するような場合に路面の状況によって発進不可能になったり、降坂時においてはエンジンブレーキのみでは制動が十分でなく機械的な制動を行うことによるスリップ等の事故を防止するため、寒冷地における縦断勾配の値は、できるだけ急勾配の値を用いるのは避けるべきであり、本件町道の場合、一〇パーセント程度に止めるのが相当であることが認められる。ところが、前記認定のとおり、本件町道については、地形による技術的制約のため右勾配値に適合するような工事をすることができず、その勾配は、一三・五パーセントであった。しかも、本件町道は、本件事故現場付近で右のように急勾配である上、カーブしており、道路の西側路側が高さ八メートル前後の切り立った崖になっており、また冬期には、積雪が多く、凍結する箇所であって、積雪、凍結時のスリップ事故の発生が予想されたから、これに備えて車両の路外逸脱を防止するための安全施設の設置については、一般の道路以上に十分配慮する必要があったものと認められる。

そして、《証拠省略》によれば、本件道路改良契約において、本件免責条項が定められたのは、本件町道が道路構造令に適合しない急勾配の道路であり、事故の発生が予想されたところから、町道認定後に事故が発生した場合、双葉工業が責任を負い、被告は、責任を負わないことを明確にするためであり、被告は、本件町道が急勾配のためスリップし易く、本件自動車の転落箇所が危険箇所であると認識していたことが認められる。また、被告の建設課長補佐である証人岩本則幸は、本件自動車の転落箇所は、柵を設置すべき箇所であると証言している。

以上によれば、本件自動車の転落箇所には、車両の路外逸脱を防止するためのガードレール等の防護柵を設置する必要があったものと認めるのが相当である。ところが、右箇所には、右防護柵が設置されていなかったのであって、本件町道の構造、形状、用法、場所的環境、自然的条件、交通状況等諸般の事情を総合考慮すると、本件町道は、右設置がなされていなかった点において、道路として通常有すべき安全性を欠いており、その点で瑕疵があったものと認めざるを得ない。

右箇所に駒止めが設置されていたことは前記認定のとおりであるが、《証拠省略》によれば、駒止めは、防護柵として有効でないことが認められるから、駒止めの設置をもって安全性を欠いていなかったものということはできない。

また、本件町道を利用するのが双葉工業の関係者のみであり、本件町道を町道に認定するについては、被告と双葉工業との間で本件道路改良契約が締結され、本件免責条項が約定されたことは、前記認定のとおりであるが、本件免責条項は、双葉工業以外の第三者に対しては当然に効力を及ぼすものではなく、本件町道は、第三者である運送業者の大型車両の通行が多かったのであって、本件町道が町道に認定され、供用開始がなされた以上、右の事実は、安全性を欠いていた旨の前記認定、判断を左右するものではないというべきである。

二  因果関係

1  被告は、本件事故は、西村の一方的な過失によって発生したものであると主張するので、検討する。前記一の2認定の事実によれば、西村は、昭和六〇年八月以来本件町道を通行し、現場が急勾配で、スリップし易いことを知悉しており、本件事故当日も、最初、シングルチェーンで登坂しようとして、スリップし、道路を点検して路上が凍結し、その上に新雪が積もり、スリップを起こし易い状況であることが判明したのであるから、スリップ事故防止のため万全を期すべく全タイヤにチェーンを装着するか、双葉工業の工場に連絡して除雪を依頼するか、本件町道に備え付けてあった融雪剤や砂を撒布するなどの措置を講じた上、進行するべきであるのに、二軸目の右側タイヤにダブルチェーンを装着したのみで漫然と進行したこと、スリップし始めたとき、フットブレーキを掛けたのみで、サイドブレーキを掛けていないことが認められるのであって、本件事故の発生については、西村にも過失があったものと認められる。しかし、前認定の本件町道の瑕疵がなければ、本件自動車が町道から転落することはなかったものと認められるのであって、本件町道の構造、自然条件等に照らすと、積雪時に急勾配の本件町道を走行中の自動車がスリップし、滑行するという事故を惹起することは、予想し難い異常稀有な事態であるとは認められず(現に、《証拠省略》によれば、本件事故直後、現場を通行しようとした大型貨物自動車がスリップして立往生したことが認められる。)、西村に右の程度の過失が存してもそれだけが本件事故の原因ではないというべきであるから、右瑕疵と本件事故との間の相当因果関係を肯認するに何ら妨げはないものといわなければならない(西村の右過失は、後記過失相殺においてこれを斟酌する。)。

2  次に、被告は、ガードレールが設置されていたとしても本件自動車の転落を防止することはできなかったから、ガードレールの不設置と本件事故との間には因果関係がないと主張し、証人岩本則幸は、右主張に沿う証言をしている。しかし、右証言は、本件自動車が六〇メートル上方からスリップしたことを前提としたものであると認められるところ、本件自動車は、前記認定のとおり、約三〇メートル上方からスリップしたのであるから、右証言により直ちにガードレールにより転落を防止し得なかったものと認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

前記認定のとおり、本件自動車は、時速五キロメートル位のゆっくりした速度で徐々に後退したのであって、このような事故の状況に照らし、車両の路外逸脱防止のためのガードレール等の防護柵が設置されておれば、本件自動車の転落は防止されたものと推認される。

3  以上によれば、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、原告が本件事故によって被った損害を賠償する義務がある。

なお、被告と双葉工業との間で本件免責条項が約定されていることは前記認定のとおりであるが、右約定は、第三者である原告に対し当然に効力を及ぼすものではないから、被告は、右約定に基づいて賠償責任を免れることはできない。

三  損害額

1  車両損害 二五五万円

《証拠省略》によれば、本件自動車は、原告の所有であり、本件事故当時の価格は、二五五万円であったが、本件事故によりスクラップ同様になり、原告は、右と同額の損害を被ったことが認められる。

2  休車損害

《証拠省略》によれば、原告は、本件自動車を使用できないため、他の運送業務に使用していた自動車を双葉工業の運送に使用した結果、他の運送業務を行うことができなかったことが認められる。そして、原告は、右他の運送業務による本件事故前の運賃収入額を証する書類を書証として提出しているが、右書証によっては、右業務による純収益額を認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠がないので、休車損害を認容することはできない。

3  事故処理費 六二万七〇〇〇円

《証拠省略》によると、原告は、事故処理のため従業員を派遣し、その手当てとして合計一三万円を支出したこと、原告は、本件自動車及び積荷の引揚げ費用として三一万七〇〇〇円、引揚げ後の本件自動車及び積荷の運搬費として一八万円を各要したことが認められる。

4  部品等の損害 五〇万円

《証拠省略》によれば、本件事故により積荷の双葉工業の部品の材料が損壊、散逸して使用不能となり、原告は、双葉工業から部品の損害等として五六一万九四〇四円の請求を受けたが、その後、双方協議の結果、右損害を三五〇万円とすることを合意し、これを原告の双葉工業に対する運送費をもって相殺処理をしたこと、原告は、積荷について損害保険契約を締結しており、保険金三〇〇万円が支払われたことが認められるので、保険代位(商法六六二条)により、原告が被告に対し賠償請求し得る額は、五〇万円である。

5  過失相殺

右1、3、4の損害は、合計三六七万七〇〇〇円となるところ、本件事故の発生については、原告の従業員である西村にも過失があったことは前記認定のとおりであるから、この点を賠償額の算定に当たって斟酌することとし、過失割合は、本件にあらわれた他の諸事情を併せ考慮の上、五割とするのが相当である。

そうすると、被告が賠償すべき額は、一八三万八五〇〇円となる。

6  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一八万円をもって相当とする。

(裁判官 高升五十雄)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例